コロンブスのスペイン語

ウェブ上で興味深い論文を見つけた。

 

大航海時代の外国語学習--コロンブスの場合

(堀田, 2014)

愛知県立大学学術リポジトリ

 

コロンブスの書き残したスペイン語にはセディーユが含まれている。(当時のスペイン語では現在"z"を使う箇所で"ç"を使用)

 

また彼のスペイン語にはポルトガル語の影響が強い(厳密に言えばスペルミス)。彼は一時期リスボンに在住し、ポルトガル貴族の娘フェリパと結婚までしており、ポルトガル語の方がカステリャーノより得意だったらしい。

戦略爆撃の講義

東大教養学部にて、選択科目の近現代史で「戦略爆撃」をテーマにした異色の講義があった。※ずいぶん昔の話なので、さずがにもう無いと思われる

 

20世紀の戦略爆撃史を概観する内容で、日本軍による重慶爆撃に始まり、連合軍によるドレスデン爆撃、東京大空襲へとつながっていく。広島・長崎もカバーしていたと思われる(多分)。

印象に残っている内容を以下つらつらと挙げる。

 

重慶では零戦が当時としては空前の格闘能力を発揮、中国軍の戦闘機をことごとく撃墜した。おかげで日本軍の爆撃機重慶上空で十分すぎる程の滞空時間を確保できた。

ドレスデン爆撃に関係して、ヴォネガットの「スローターハウス5」を解説

・ドイツ各地への強力な戦略爆撃の結果、終戦後にボロボロのインフラ(道路・港湾等)が残された。→ここまで爆弾を落とす必要はなかったのでは?との意見が連合軍内部から出た程

東京大空襲ではB29の大編隊が低空で侵入。この時点で日本の迎撃機の脅威が低かったからこそ可能な作戦だった。本作戦を指揮したカーチス・E・ルメイはドイツへの無差別爆撃で功績をあげ、「屠殺王」の異名を取った人物。彼は「条件さえ整えば核兵器を使わずとも通常兵器の空爆だけで都市に壊滅的なダメージを与えられる」という自論を東京で実地証明する格好になった。

・ルメイは戦後、航空自衛隊から叙勲されている。→普段テンションの低そうな東大生たちが、さすがにこの時は気色ばんでいた

 

※「屠殺王」の件は日本語・英語でググってみてもそれらしい記述が見当たらず、自分の聞き違いor記憶違いの可能性あり。

ja.wikipedia.org日本語版Wikipediaには「日本側から「鬼畜ルメイ」「皆殺しのルメイ」と渾名された」とある。うーむ「鬼畜」を「屠殺王」と聞き違えたのだろうか...

beltの語源はエトルリア語

en.wiktionary.org

balteus - Wiktionary

エトルリア語に起源をもつラテン語balteus→ゲルマン祖語*baltijaz→英語belt

                   →スペイン語balteo

 

スペイン語balteoは「ベルト」の意味だがほとんど使われず、専らcinturónが用いられる。

 

ちなみにコンベアベルトのような回転を伴う帯状の部品については英語では単に"belt"であるが、スペイン語では"cinta"といい、"cinturón"とは区別する。

 

 

パトロン・パターン・メセナ/パターナリズムとパターン主義

父権主義・温情主義などと訳される英語"paternalism"=「パターナリズム」。 

Paternalism - Wikipedia

パターナリズム - Wikipedia

この語の語源だが、直にラテン語"pater"を参照する説が日本語ネット上でしばしば見かけられる。だが、見ればわかる通りこの語は形容詞"paternal"「父親の」+接尾辞"ism"という構造を取っており、少なくとも英語"paternal"を経由しているのだろう。従って流れとしては以下の通り(Wiktionaryによれば)。

(羅)pater「父親」→(羅)paternus「父親の」→(俗ラテン)paternālis「父親の」→(古フランス語)paternal「父親の」→(英)paternal「父親の」→(英)paternalism「父権主義」

 

初めて「パターナリズム」なる言葉を目にしたor耳にしたとき、少なくない日本語話者が「パターン主義?」と連想すると思われる。もちろん、父権主義と「パターン」はあまり関係ない。「パターナル」と「パターン」で「パ」の発音が違う上に強勢の位置が違うので、おそらく英語圏ではこの種の勘違いはほぼ起きないのだろう。

※前者は "pəˈtɜː(ɹ)nəl"、後者は"ˈpat(ə)n" or "ˈpætəɹn"。

 

それでも何故「"paternal"パターナル(父親の)」と「"pattern"パターン」が単語としてこれほど似ているのかというと、同一語源を持つからであり、すなわりラテン語"pater"「父親」に合流する。

因みに、ラテン語"pater"から生じた重要な(?)英単語として、"patron"「パトロン・スポンサー」も挙げられる。

 

ラテン語 pater pater pater
 
ラテン語 patronus patronus paternus
  庇護者・スポンサー 庇護者・スポンサー 父親の
古仏 patron patron paternal
  庇護者・スポンサー 庇護者・スポンサー 父親の
patron pattern paternal
  スポンサー パターン 父親の
- - paternalism
      パターナリズム
      父権主義

 

 

スペイン語ではさらにややこしく、ラテン語patronusから派生した(西)patrónが「パターン」と「スポンサー」の意味を持ち、さらに「上司」の意味も加わる。

さらに(日本人にとって)ややこしいことに、(西)patrónは「スポーツのスポンサー」は表すが、「芸術振興のスポンサー」としてはあまり用いられないという点。じゃあ後者を表す時にどの単語を主に使うかというと(西)Mecenasである。日本語でも企業による芸術への支援をメセナ活動というが、あれと同じ語源を持つ(古代ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの腹心マエケナス)。

 

Patternism - Wikipedia

 実は「パターン主義(パターニズム)」とでも言うべき英単語"patternism"は実在し、「パターン主義者(パターナリスト)」"patternalist"も、一応存在する言葉である。

 "patternalist"を使ったのは、日本ではシンギュラリティで有名なレイ・カーツワイル

その著作"Singularity Is Near"の一文で、"patternalist"なる単語を使用(というか創作)している。

 ここでは、テセウスの船よろしく人体を構成している粒子は常に入れ替わっているが、粒子の配置パターンは概ね保存されており、このパターン(=情報パターン)こそが実在のベースである、という考え方に「パターン主義」の名を与えている。

 

www.bookbrowse.comMuriel Rukeyser says that 'the universe is made of stories, not of atoms.' In chapter 7, I describe myself as a 'patternist,' someone who views patterns of information as the fundamental reality. For example, the particles composing my brain and body change within weeks, but there is a continuity to the patterns that these particles make. A story can be regarded as a meaningful pattern of information, so we can interpret Muriel Rukeyser's aphorism from this perspective.

 

詩人のミュリエル・ルーカイザーは、「宇宙は、原子ではなく物語でできている」と語った。第7章で、わたしは自分のことを「パターン主義者」と論じるつもりだ。情報のパターンこそが現実の根本だと考える人のことをこう言う。 たとえば、わたしの脳や身体を構成している粒子は数週間で置き換えられていく。それでも、これらの粒子が形作っているパターンには継続性がある。物語は、情報でできた意味のあるパターンと見なすことができる。 だから、ミュリエル・ルーカイザーの警句も、そういう観点から解釈することが可能だ。

 

en.wikipedia.org

 ミュリエル・ルーカイザーは米国の詩人。彼女の1969年発表の詩集The Speed of Darkness「暗闇のスピード」に以下の一節がある。

"The Universe is made of stories, not of atoms. "

「世界は原子でできているのではない。物語でできているのだ」

※関係ないが、この詩集のタイトルはエリザベス・ムーンSF小説「くらやみの速さはどれくらい(Speed of dark)」の元ネタなんだろうか...

 

最後に。パターナリズム(父権主義)と対になる「マターナリズム」なる語(「母性主義」とも)もあるが、日本ではまだあまり人口に膾炙していないと思われる。対義語、というわけでもないのかな。

Maternalism - Wikipedia

スペイン語の左右

スペイン語では

(西)derecha:右

(西)izquierda:左

 

であるが、文語としては以下の単語も存在する。

 (西)diestro:右の、器用な

(西)siniestro:左の、不吉な

 

これらの語源は以下のラテン語である。

(ラテン)dexter:右

(ラテン)sinister:左

 

 

「右」を意味するラテン語が「器用な」を意味するようになるのは直感的に分かりやすい。基本的に右利きが多数派だし。

 しかし、なぜ「左」が不吉な意味を持つようになったのか?

 

実は「左」の良し悪しに関する慣用句がある。

(西)empezar con el pie izquierdo:左足から踏み出す

                →最初から間違える、的な意味らしい。

これはどうもラテン語からの借用で、ラテン語では"sinistro pede profectus"と。多くのジンクスを持っていた古代ローマ人にとって、ある場合において左は縁起の悪い方向であった。

 

...が、ややこしいのはその真逆の用例もあるらしいということ。

 sinister - Wiktionary

Wiktionaryによれば、ウェルギリウスは牧歌において左側のカラス(sinistra cornix)を吉兆として描いているそうだ。

 

というわけで原文を検索してみると、なんと早大の先生の訳と注釈つきのテキストがネットにアップされている。素晴らしい...

 

http://jairo.nii.ac.jp/0069/00000332

 「モエリスとリキュダス」ウェルギリウス「牧歌」第9歌 訳:野村圭介

Quod nisi me quacumque nouas incidere litis ante sinistra caua monuisset ab ilice cornix, nec tuos hic Moeris nec uiueret ipse Menalcas.

もしカラスが,左手のカシの木の空(ウロ)から,何がどうあれ悶着は打切れ,と忠告してくれなかったら,このモエリスも,メナルカス自身も生きてはいないだろうよ。

 

左が吉兆のジンクス、という前知識が無いと、なんで左なんだ?となりますねこれは。

ちなみにここでいう「悶着」とは、共和政ローマ最後の内乱にオクタヴィアヌスが勝利、配下に褒美の土地を配分するため、敵対派閥に属していた貴族の所領を大量に収容した際、ウェルギリウスの父親の農園も召し上げられてしまったことを指しているらしい。

 

※以下、ローマ人とsinister「左」についての文章(英語)。ご参考まで。

books.google.cl

books.google.cl

books.google.clanteとsinistraについて詳述

 

ローマ人にとって左は幸先の良い方向だった。

 

ローマ人にとってのsinister「左」の吉凶の評価はどのように変遷し、そしてやがて吉兆の意味を失ってスペイン語siniestroに至るのか?ここまで調べて力尽きました...

 

古代ローマとエトルリア人

古代ローマエトルリア人を吸収・同化したが、エトルリア人はローマに抵抗なく受け入れられたのだろうか?

王政時代にはエトルリア人がローマ王になったりしており、ローマ人と対等に扱われていたように思っていた。なので平和裏にかつ自然に同化が進んだものかと。

 

しかしスペイン語"tosco"「荒っぽい、野蛮な」の語源がラテン語"tuscus"「エトルリア人」であることを知って、もしかして彼らは生粋のローマ人からは蛮族視され、差別にさらされていたのではないか?とふと思ってしまった。

 

Wiktionaryには以下のようにある。

tosco - Wiktionary

 From Vulgar Latin tuscus (Etruscan), from Latin Vicus Tuscus (the dwellers of Vicus Tuscus in Rome had a bad reputation).

「 ローマのVicus Tuscus(エトルリア通り)の住人は評判が悪く、荒っぽい・素行の悪い様子を"tuscus"(エトルリア人/エトルリアの)と言うようになった」

 

エトルリア通りの成り立ちについては以下リンク参照。

en.wikipedia.org

ja.wikipedia.org

ja.wikipedia.orgエトルリア王ポルセンナはBC508頃ラティウム同盟の都市アリキアを包囲したが、結果敗退した。その敗残兵の一部がローマに流れ着き、何故か歓迎されて住み着くことになった一帯が後の「エトルリア通り」"Viscus Tuscus"である。

 

...ということで、エトルリア通りの住民の素行が悪かったわけであり、その住民が必ずしも皆エトルリア系とは限らないと思われる。

これは、古代の民族名がそのまま普通名詞化/形容詞化したヴァンダル族(→英vandalism)、フランク族(→英frank)とはちょっと毛色が違う成り立ちのようである。なのでエトルリア人が差別されていた疑惑についてはひとまず保留します...

 

スッラの墓碑:最良の友人にして最悪の敵

米第一海兵師団のモットー"No Better Friend, No Worse Enemy"

日本版Wikipediaでは「より善き友、強き敵」と訳しているが、この元ネタとなったのは古代ローマ独裁官スッラの(自作の)墓碑銘であり、その英訳とされているのは以下の通り。

"No friend ever served me, and no enemy ever wronged me, whom I have not repaid in full."

塩野七海は「ローマ人の物語」で、恐らくこれに対応する日本語訳として「味方にとっては、スッラ以上に良きことをした者はなく、敵にとっては、スッラ以上に悪しきことをした者はなし」としている。

en.wikipedia.org

このユニークな墓碑銘はおそらくラテン語で刻まれていたと思われる。ではオリジナルのラテン語では何と言っていたのか?

下記リンク先フォーラム(英語圏)が興味深いので、以下抄訳する。

latindiscussion.com

「例のスッラの墓碑銘、ラテン語では何て言ってたの?」

「検索すると2パターン見つかるんだけど」

①NVLLVS AMICVS MELIOR NVLLVS INIMICVS PEIOR

Nec amicus officium nec hostis iniuriam mihi intulit, cui in toto non reddidi

 

「それは単なる言い換えだね。スッラの墓なんて当然現存してないはずだけど、この墓碑銘の出典はプルタルコスギリシア語で書いた英雄列伝なんだよ。ギリシア語のテキストを当たってみる必要があるね」

プルタルコスはこう書いている」

οὔτε τῶν φίλων τις αὐτὸν εὖ ποιῶν οὔτε τῶν ἐχθρῶν κακῶς ὑπερεβάλετο

 

「これを英訳してみると次のようになる」

None of his friends surpassed him in returning kindness, nor any of his enemies in returning evil(彼の味方にとって彼以上に恩に報いた友人はおらず、彼の敵にとって彼以上に仇をなす相手はいなかった)

 

「さらにこれを自分なりにラテン語訳してみたよ」

neque amicorum quisquam ipsi in bene agendo, neque inimicorum in male excelluit

 

プルタルコスはスッラの墓碑の要約をギリシア語で残したけど、それだけを手掛かりにオリジナルのラテン語を推測するのは非常に困難だね...」

 

以上引用終わり。ラテン語ギリシア語両方できる人が、貴重な知見を披露していました。

ちなみに、プルタルコスギリシア語を英訳している本があった。

books.google.cl"No one of the citizens by his deeds, nor anyone of the enemies by his evil enterprises, could surpass him"

なにやら若干ニュアンスが違うような(?)